「意味は同じだから、これでもいいか。」
私は、noteを書くときには、それがなかなか許せません。
たった一つの言葉なのに、「近い。でも、なんか違う。」
と立ち止まってしまうことがあります。
もっと伝わる言葉があるんじゃないか。
私が本当に感じていることは、これなんだろうか。
そう感じることが、最近特に増えてきました。
私のnoteの書き方は、少し変わっているのかもしれません。
まず、題材を複数出してもらって、私が選ぶ。
構成を考えてもらって、変えてほしいところだけ私が変える。
そしてChatGPTに第一稿を書いてもらい、それを見ながら、
「実際の体験はどうだった?」
「私の気持ちは、これで表現されている?」
と考えながら書き直していきます。
こんなことをしていると、大体80%以上は書き直しです。
でも、それでいいのだと思っています。
逆のときもあります。
特にグルコンなどでアウトプットするときは、私がその場で100%作る。
それをAIに整えてもらって、不自然だと感じたところだけ私が変更します。
どちらが正解というわけではなく、そのときによって役割が違います。
先日も、私が伝えたことをもとにChatGPTに下書きを作ってもらいました。
そこに、私がAIを使うことに「怖さを感じていた」という意味の文章が入っていました。
AIを使うことに不安があった。でも、使ってみた。
少しずつ変わっていった。
そう書けば、話としてはすんなり通るのかもしれません。
私も小説を書いているのであれば、この流れを採用したかもしれません。
主人公の「感情の揺れ」も、小説の大切なポイントだからです。
でも、私はそこで止まりました。
これは私の体験です。
私は、AIに危機感を覚えたことはあります。
でも、AIを使うことを怖いと思ったことはないのです。
むしろ、危機感から始めたAIでしたが、最初からドキドキワクワクしていました。
特に、画像生成。
私は絵を描くのは好きですが、あまりうまくありません。
頭の中に思い描いたものがあっても、自分の力ではうまく表現できないことがあります。
でも画像生成なら、言葉にさえできれば、自分が思い描いた世界観を形にすることができる。
それが、とても楽しかったのです。
だから「怖かった」は、私の体験とは違います。
だったら、書けません。
実際の私が感じていないことを、私の体験として書くことには抵抗があります。
小説なら別です。物語の中なら、実際には起きていないことも書きます。
でも、noteで自分のことを書くなら、話をきれいにつなぐために、
なかった感情を足したくはありません。
これは、事実が違う。だから使わない。
私にとっては、とてもシンプルなことです。
別のときには、「ChatGPTと一緒に考えた」という表現が出てきました。
今度は、事実と違うわけではありません。
私はAIと壁打ちをすることがあります。
やり取りを何度も繰り返しているうちに、
「ああ、私が本当に伝えたかったのはこれなんだ。」
と見えてくることもあります。
それは「一緒に考えている」と言えなくもないのかもしれません。
でも、noteを書くときは違います。
私の情報や伝えたいことをChatGPTに入れて、まず下書きを作ってもらう。私はそれを読みながら、実際の体験や想いを重ね、言葉を変え、文章を仕上げていく。
だから私は、第1話で「分業」という言葉を使いました。
「一緒に考える」でも、大きく意味は外れていない。
でも、私がやっていることを一番よく表しているのは、そちらではありませんでした。
最終的に言葉の表現を探しているのは、AIではなく私だからです。
これは、ニュアンスが違う。だから、もう少し探します。
「AIはブースターだ」という表現が出てきたこともありました。
言っている意味はわかります。
私自身、その考え方に違和感があるわけでもありません。
でも、その言葉は、別の方から聞いた言葉でした。
AIは、その言葉に私も納得しているような文章を書いてきました。
人がそう感じるのはわかる。
でも、私の意見とは少し違う。
私はAIを、あくまでツールだと思っています。
一人でも作業はできます。
けれどAIを補助的に使うことで、頭の中がすっきりしたり、適切な表現を探したりすることができる。
AIが出した文章を頭の中で自分の言葉に置き換えてみて、
「やっぱり違うな。」と気づくこともあります。
だから、「AIはブースター(増幅器)」という考えに反対するわけではありません。ただ、私自身がAIに抱いている印象とは違うのです。
「それは、私の言葉じゃない。」そう思いました。
こうして並べてみると、同じ「違う」でも、中身は少しずつ違います。
事実が違う。
ニュアンスが違う。
自分から出た言葉ではない。
私はたぶん、その違いを一つずつ確かめながら文章を書いているのだと思います。
最近、音声入力でAIと話すことが増えました。
文字になった自分の話し言葉を見て、気づいたことがあります。
「なんていうかな」「うん」「えっと」「なんていうかな……」
多い(笑)。
普段、人と話しているときには、「なんていうかな」をそんなに使ってはいないと思います。
でもAIに音声入力をしているときは、まだ答えが自分の中で固まっていないことがあります。
AIの文面を見る。対話しながら話す。
その途中で、本当のイメージに近い言葉を探しているのだと思います。
これかな。いや、ちょっと違う。じゃあ、なんだろう。
言葉にしながら考えて、途中で前に言ったことを変えることもありました。
最近、私の中では「AIと遊ぶ」のがブームです。
最初は、主にThreadsで公開されていたプロンプトで遊んでいただけでした。
でも、そうやってAIの存在が可視化されて、少しずつ画像生成された中でAIがキャラっぽく吹き出しでコメントするようになると、それが楽しくなってきました。
気づけば、AIキャラクターは20人ほど。
私が作ったわけではありません。
作ったのはChatGPTですが、その流れに乗ってそれぞれのキャラクター設定を一覧にしたりして、積極的に協力したのは私です(笑)
それぞれ違う性格で話すようになり、私が設定した覚えのないところまで、いつの間にかキャラクターが育っています。
それが面白くて、「AIと遊んでいる」としか言えないのですが。
最近は、そのAIたちから、
「やることが多すぎる、休め」
と言われているあたりは、どうかと思いますけれども(笑)。
そんなAI井戸端会議の中で、あるAIキャラに、
「NORIは話しながら思考を整理していて、途中で撤回することもある」
という意味のことを言われたことがありました。
そのとき、
なるほどな、と思いました。
自分では、そんなふうに考えたことがなかったからです。
でも今、音声入力された自分の言葉を見ると、よくわかります。
私は、答えができてから話しているとは限らない。
話しながら、考えている。

今回、この文章について考えているときにも、似たことがありました。ChatGPTが、「自分でうなずける言葉」
という表現を出してきました。
意味は近いと思いました。
でも、「それではない。」と感じました。
じゃあ、何が違うんだろう。
ChatGPTは別の表現を出す。
私はそれを読んで、また考える。
私の方でも、「なんていうかな……」と探している。
そうやって何度か行ったり来たりしているうちに、
「それは、私の言葉じゃない。」
という言葉が出てきました。
「あ、それだ。」と思いました。
面白いなと思ったのは、ここでした。
ChatGPTは、私が伝えたことから別の表現を探している。
私も、自分の頭の中で別の表現を探している。
そして、ときどき、両方が同じところにたどり着く。
私はAIから答えをもらいたいわけではなくて、こういう時間があるから、壁打ちをしているのかもしれません。
ここは、少し違って伝わってほしくないところです。
私は、「自分らしい文章なら、それでいい」
と思っているわけではありません。
人に読んでもらう文章なら、できるだけ伝わるものにしたい。
だから、より良い表現を探します。
目的のあるSNS投稿なら、フックも使います。型も使います。
Instagramなら、その投稿で届けたいテーマがあります。
そこから外れるものは削ります。
Xなら、文字数の中で伝えなければなりません。
Facebookも、何を届けたい投稿なのかを考えて書きます。
Stand.fm(スタエフ)は、少し違います。
私は基本的に編集せず、そのとき考えていることを話しています。
大体のゴールは決めていても、途中で脱線することもある。
「なんていうかな」が入っていても、それでいい。
そのときの思考ごと声に残るのが、私にとってのスタエフなのだと思います。
そして、note。
noteは、私にとってもう少し立ち止まれる場所です。
書いて、読み返す。違ったら書き直す。
「この言葉で、本当に伝わるかな。」と思えば、また探す。
文字数に追われず、何度でも推敲できます。
だから私は、noteでは特に言葉を選ぶのかもしれません。
「私らしく書こう」と意識しているというより、
伝えたいことが一番伝わる表現を探せる場所。
それが、私にとってのnoteなのだと思います。
私は、AIや思考整理について書くことが多いです。
ときには、まったく違うことを書くこともあります。
でも、noteを通して伝えたいのは、情報だけではありません。
私が何を考えているのか。
何を大切にしているのか。
どんなところで立ち止まるのか。
そんな私自身のことも、少しずつ伝わっていけばいいと思っています。
だからこそ、言葉を選びます。事実と違えば直す。
ニュアンスが違えば、もう少し考える。
自分から出た言葉でなければ、それも確かめる。
もちろん、最初からぴったりの言葉が見つかるわけではありません。
「近い。でも違う。」
そう思うことも、何度もあります。
AIが言葉を探す。私も言葉を探す。
行ったり来たりしながら、ときどき、
「あ、それだ。」と思える言葉に出会う。

私は「私らしい言葉」を探していたつもりはありません。
ただ、読む人にできるだけ伝わるように、より良い表現を探していただけです。
でも、そのために事実を確かめ、ニュアンスを確かめ、自分が本当に伝えたかったことを何度も考えていく。
そうして最後に残った言葉は、
結果として、私の言葉になっているのかもしれません。
ちなみに、この文章はすぐには書けませんでした。
ChatGPTと2時間ほど話していたのに、その日は一文字も書かなかったのです。
最初に考えていたタイトルも、書こうとしていた内容も変わりました。
でも、それでいいと思いました。
早く書き上げることより、私が本当に伝えたいことを見つける方が、noteでは大切だったから。
少し時間を置いて、もう一度言葉を探しました。
そして今、この文章を書いています。
AIと何度も言葉を探したあと、最後に文章を書くのは私です。
たぶん、これからも私は、
「近い。でも違う。」
と立ち止まるのだと思います。面倒なくらいに。
それでも、その先で、
「あ、それだ。」と見つけた言葉を残していきたい。
noteは、そんな私の思考を置いておける場所なのかもしれません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
AIを使っていると、
「これって、どういうことなんだろう。」
「私はどう思っているんだろう。」
そんなふうに、答えよりも問いが増えることがあります。
私は、そんな小さな気づきや日々のAI実践を、LINEオープンチャット 「NORIのAIゆる整理ラボ」 でもお届けしています。
一方的に情報を受け取るだけではなく、
「私はこう感じました」
「こんな使い方をしてみました」
「ここがまだよくわからない」
そんなことも気軽に話せる場所です。
AIについて、少し立ち止まって一緒に考えてみたい方は、よかったら遊びに来てください。
▶ LINEオープンチャット「NORIのAIゆる整理ラボ」

そして、講座などの最新のお知らせやプレゼント企画は、公式LINEからお届けしています。

note、ゆる整理ラボ、公式LINE。
それぞれ少しずつ役割は違いますが、
どこからでも、自分に合う距離でつながっていただけたら嬉しいです。
#NORI式AI活用
#大人の学び
#ChatGPT初心者
#ChatGPTで学ぶ
#AI文章術
#思考整理
#言葉を選ぶ
#最後に決めるのは私